【記録】番外編

クイリングをこよなく愛する私をお伝えするブログ。
このエントリーは、自身への記録用です。

ちょっとだけ、屁理屈をこねています。

追記あり。
8年ほど前、「これを作ってみたい!」と頭に描いたものを

クイリングで起こそうと制作していました。

何度やってもうまく出来ず・・・

やればやるほど深みにはまり・・・

それがキッカケで、クイリングスランプに陥り・・・

3ヶ月ほど、やる気も起きなくなり・・・

さくらい教室も休み・・・

クイリングから離れていたときがありました。


ふと、去年の暮れに大掃除をしていて、その時の残骸を発見!

やりかけた残骸は、無残なカタチをして、箱の中に無造作に転がっていました。


その箱を見つけたのも何かの導きなのか?

改めて、その残骸を再度カタチにしようと思いました。

8年前の思いもあり、手を付けたくないとも思いました。

すると、どうでしょうか・・・

この8年の間に、色々なスキルを身につけていたことで、当時思いも付かなかった

技術や、アイディアで簡単に制作できました。


そして、先日、日本の昔話シリーズを制作しているときに、たまたま検索で

引っかかった「イソップ物語」。そのお話の中に 「すっぱいぶどう」という物語が

あります。このお話は、心理学でも勉強することもあり、かなり有名なお話です。

あらすじは すっぱいぶどう

ヨーロッパ圏では、あまりいい例えにはなっておらず、負け惜しみという解釈ですが

色々な解釈があり、私は、たまたま引っかかったサイトに釘付けになりました。


年末に過去の残骸と遭遇、たまたまサイトを見たら、過去の私のトラウマを解消する

ヒントが書いてあり、全てが8年後に解決できたんです。


そのヨーロッパ圏での解釈と違う解釈のサイトは こちら


クイリングに限らず、無から有を生み出す作業をするものにとっては

スランプや、挫折、悩みはつきものです。

スランプのスパイラルに嵌ってしまうと、自信喪失に繋がってしまったり

自分には向いていないのかもしれないと、後ろ向きに物事を考えてしまう

こともありますが、この佐々木さんの解釈を読んで、自己解決に繋がりました。


ニュアンスはちょっと違うのだけど、自分のことを知り、後ろ向きではない

諦めることも時には必要だと思ったのです。

前向きな諦めということです。

今のスキル、今の感性、今の自分自身の状態。それを見極めること。

そして、自分の力が及ぶようになった時に再度挑戦してみること。


8年前、諦めた作品。

諦めたことにより、他の作品を制作するようになった。

それが、立体クイリングです。

あの時、その作品に拘り続けていたら、今の立体作品は無かったと

思います。

そう拘り続けていたら・・・

「あ~私には、クイリング向いてないやぁ~ やめよっと!」と

なっていたと思います。


後ろ髪を引かれつつ、きっぱり諦め、他の事に移行したことが

今の私があると言っても過言ではありません。


だから、生徒さんにも言います。

「今だけ見ないで、出来ることから徐々に・・・」

「今できなくてもいいじゃない。基礎を踏めば、いつか開けるよ・・・」

これも絶対ではないですが、長い道のりの中で、自分にどんな化学反応が

起きるかは、やってみないとわからない。無理なことに拘り続けるよりも

初めは、自分に得意な分野を見つけ、自信を持つことも必要ではないかと

思うのです。どんなにゆがんだパーツでも、それを生かせることを見つける

ことも、大切ではないかと思うのです。新しい何かが生まれるかもしれない・・・


ピカソでさえ、生きている時は散々なことを言われていました。

遠近法も、何も、その当時の技法では理解に苦しむものだったとか・・・

それが、現在は、すばらしいと言われ高額な取引をされるアートになった。

必ずしも、キッチリ、カッチリ、きれいなパーツでなければいけないとも

思いません。作品によっては、同じカタチを求められることも、きれいな

パーツの方が見栄えはいいこともありますが、私は、その人の感じたものに

共感したい。

そういったことも勉強しながら、生徒さんたちと少し少し色々なことを

分かち合いたいと思い、今年の私自身の課題にしたいなと思っています。


過去の残骸と、昔話のおかげで、佐々木さんのすっぱいぶどうを見つける

ことができ胸のつかえが取れた気がしています。


追記

よくある話ですが、「富士山を描いてください」。

人により、河口湖から見る富士山を描く人もいれば、静岡から見える富士山を描く人も

いる。五合目から上を描く人もいれば、真上から想像して描く人もいる。樹海をメインに

描く人もいる。どれも富士山であり、赤くても青くても、黒くても富士山だ。

その人が感じた富士山であるから、正解も不正解もない。

私は、作品において、そう思いたい。

正解も不正解もないと・・・。

ただ、好みはある。それが好き、嫌いというように。

私の作品を好きという人もいれば、キライだと言う人もいるのが現実で・・・

誰かのために作るのであれば、その人の好みに合わせれば問題はない。

それは、オーダーだから、ある意味ビジネスになる。

私は、好きなものを制作し、興味がある方に教えている。

万人に受けるものは、到底作れないと思う。それがオリジナルだと思ったり・・・

だから、少し前は、かなり気にしていた1番になりたいという気持ちが

変化していたりする。

ナンバーワンもいいけど、自分を大切に思う気持ちも大切だと。

時には、ビリでもいいのかもしれないと・・・。

見たものを、自分の解釈で制作することも大切だと思うのです。

そうこの感情も、私の考えで、誰もが同じではないと知っています。

ものを作るというのは、そういうことなのかな・・・

師匠に 「時に題材を絵にしてみなさい」と教わりました。

その絵が、自分がその対象物に感じた素直な感覚だと。

その絵は、対象物とは違うかもしれないけれど、私はそう感じたわけで

それを作品にすることが、オリジナルにも繋がるということだと。

いろいろな感じ方を、感じることができるからオリジナルは面白いのかも

いれないなと思うのです。自分を表現するからバラエティーに富んでいて

見ていて影響を受けるのかもしれないです。


なぁ~んて、時にセンチメンタルになったりもする私です。


最後に・・・

全くこの話とは関係ない作品ですが、和紙とクイリングのコラボです。

koto2012.jpg

丸みを帯びた琴の表現も再現しています。

これは試作段階ですが、この感じを残しつつ、サイズを合わせて

完成かな・・・と。

過去に、オーケストラを制作しましたが、日本人らしい 「和の競演」 にも

興味が出てきました。


日本昔話は、次回UPします。

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