クイリングで桜ノ雨 桜色 初音ミク

クイリングをこよなく愛する私をお伝えするブログ。
卒業シーズンの時にUPしたかったのですが

制作が間に合わず、入学シーズンに突入になってしまった。


カレンダーの4月でも、セーラー服と桜を表現しました。

入学と桜を制作しました。

初音ミクがもしも高校生だったら…

という可愛らしいキャンディーを発見したら

mikuhatune201346-4.jpg

桜と卒業と・・・。この感じで 初音ミクをクイリングで

再現してみました。

集中して制作に当たれず、初音ファンの方には申し訳ない

出来かと思いますが、大目に見てくださいね。

その前に、「桜ノ雨」ミリオンを達成している曲でもあり

歌詞を見ると、学生時代の思い出が・・・


歌の中に

「土埃上げ競った校庭」 運動会を思い出した。

「窮屈で着くずした制服」 学年が上がるたびに私服に近づいたなぁ

「机の上のらくがき」 自分の存在を残しておきたくて卒業前に

こっそり書いたな。



桜ノ雨

お暇な方は聴いてみてね。私の好きな曲です。

同じページに桜ノ雨合唱があります。中学生なのかな?

とっても上手で泣いてしまった・・・

来年、双子の卒業の予行練習しちゃったよ。


目を閉じると、いろいろなことが思い出せます。


では、桜色の 初音ミク!

mikuhatune201346-3.jpg

通常ミクのような髪型ではなく、ちょっと控えめなので

前回の時より難しかった。

hatunemiku2012-1213.jpg通常ミク


mikuhatune201346-2.jpgmikuhatune201346-1.jpg

手のひらに桜の花びらがあるんですが、画像だと見えないですね。

ちなみに大きさ(身長)4.5cmです。ちっちゃい桜ミク♪


この曲の最後に英語歌詞の部分があるのですが

とってもすてきな言葉です。


来年は、三女、長男(双子)の中学卒業。

義務教育が後1年で終わる。

育児は大変だったけど、あっけなかったなぁ~

来年この歌を家族で歌いたいな・・・


そして、追記は・・・

亡くなった父の贈り物が8年後の今日、思いもかけずに

やってきた。記録として書き留めておこうと思いました。






夕方、昭島カルチャーの仕事から帰ると

母が、「ちょっと話しを聞いて、お客様がいらしてる」と。


扉を開けると、そこには青年がソファーに腰掛けていて

すくっと立ち上がり挨拶をした。


だれ?


そんなことを思いながら私は座った。


母が、私一人では決められない。どうすればいいかわからない。

そう言った。


いちからその話しを聞いた。

その青年がまだ学生の頃、一人暮らしをしなければならなくなった。

その頃まだ父は元気だった。

青年は、一人暮らしをするお金が足りなかった。

当時父は、全国を回り公演をしたり、社長業の他に、子供達等の教育に

奔走していた。


青年は、父に相談をした。

父は、その足りない分を青年に渡した。

その後青年は、勉強に励み・・・そして就職した。


青年は、こう言った。

「あの時に借りたお金を返しにきました。」

「就職して、稼げるようになったので、遅くなりましたが・・・」と


父は、もう居なく。

母は、受け取るべきか悩み私を呼んだ。


私も聞いた瞬間からどうしたものかと考えた。

「父は、出世払いで返せと言いましたか?」

「いいえ」

「では、父はどう言って貸したのですか?」

「このお金で、将来の自分のためになることをしなさいと言いました。」


そうか。

父に育てられた私は、なんとなく父の言いたいことがわかった。


青年が、こうやってお線香をあげに来てくれた時点で、返済は終って

いる。忘れずに、ずっと返すことを考えてきたのだろうなと。


父が生きていたら、このお金をどうしたのだろう。

きっと、こうだ。


「そのお金で、勉強するなり、役に立つことに使いなさい

このきもちを忘れずに・・・」


私もこう言った。


貸した時に私は二人の話しを聞いてはいないが、こうやって

返しに来たことを思うと、善意だけでは人は成長しない。

そこに何か・・・何かを父は青年に託して貸したのだろう。


まだ、私はその何かをはっきりとはわからない。

人の役に立つということは、深い何を足すことが必要だと

いうことしか、まだ、わからない。


善意がときには人をダメにすることもある。

与えることがいいことでもない。



父の深い想いが青年に届いたという瞬間に立ち会えたことが

私のこれからにとても重要なことだと。

父からの贈り物だと。

青年の行動で自覚し、父から教わったことを再度考えて行動に

移せる人にならなければならないと思った。

今出来る、父への親孝行は(生前できなかったが)まだ出来ると

思った。



父は、偉大であった。

私はその娘なのだが、どうしようもないハナタレ娘だ。

少しでも近づけるために頑張らなければならないと思った。


父が亡くなって8年。

父がしていたことに、触れた瞬間。

今日は、最高の日だった。


見た目もさわやかで、20代の青年。

青年の気持ちがとっても嬉しかった。


来年、青年は彼女を父の墓前に連れてきたいと言っていた。

報告があるんだろう。


ありがとう。
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